周縁飛行

日に日に半径が増大する極大の遠回り。その記録。

ゲームプレイ日記 ―ドラゴンクエストⅢ―

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名作名作と周りから勧められていたが、結局やらないままになっていたドラゴンクエストⅢ。スマホで出来る環境になったので、これ幸いと始めることにした。せっかくだからプレイ日記をつけようと思う。ただ、普通につけても面白くなさそうなので、ロールプレイングゲームらしく、主人公になり切ってつけてみようと思う。日記、とは言い条、毎日つけるなどとても無理なので、まずは気が向いた時に書くくらいを目標に。

※ロールプレイの醍醐味ゆえ、脳内補完や脚色が多いです。苦手な人はご注意ください。

 

1 私の父と乳とバラモスと

 物心ついた頃より、わたしの胸中には一つの、確固たる、絶対的に譲れない目的意識があった。

 魔王を倒す。

 魔王という単語が何を指すのか、倒すという動詞が何を意味するのか、そんなこともまだ分からない幼い私の胸に、その目的意識は驚くほど強く根を張っていた。
 最初は薄気味悪かった。まるで誰か知らない人間に意識を乗っ取られ、その他人が自分の頭で思考しているようなのだ。しかし、それもほんの少しの間だけで、すぐにその目的意識は自分のものだと思えるようになり、そうなるともう、最初っからそうだったようにしか思えなかった。
 それほどにその目的意識はわたしに良く馴染んだ。

 魔王が何かすら分からなかったのに。

 何をしている時でも、ふと、まったく唐突に、魔王を倒さなくては、という目的意識に頭を乗っ取られ、けれどそのために何をしたらいいのか分からないので、部屋だったり外だったりをうろついて、うろつく内にその目的意識が薄れて元の状態に戻り、しばらくするとまた熱に浮かされたように魔王を倒すことを考えて……ということを繰り返してわたしは成長していった。

 それは当初、あくまでわたし自身の胸中のみで生起していることで、母や一緒に暮らす祖父はまったくあずかり知らぬことであった。

 しかし、ある日、買い物へ出たときに近所のおばさんに声をかけられ、そこで母はわたしの身の内に燻る強固な目的意識を知ることになる。

「あら、こんにちは」

「こんにちは」

「おうかちゃんもこんにちは」

 わざわざ目線を合わせるためにかがんで声をかけてきたおばさんから隠れるようにわたしは母にしがみついた。わたしは人見知りをする子どもであった。

「ほら、おうか、あいさつは?」

 わたしはますます母のスカートにしがみついた。

「もう、この子ったら。すいません」

「いいのよ。恥ずかしいんだもんね。おうかちゃんはお母さんと一緒にお買い物?」

 わたしは黙って、さらに母の後ろへ数センチ身を隠す。

「お散歩かな?」

 さらに数センチ。

「お買い物だよねぇ」

 母がフォローを入れる。

「そっかぁ。こんなに小さい頃からママと一緒にお買い物をして。将来はママみたいに買い物上手なお嫁さんになるのかなぁ?」

「違うよ、おうかは魔王を倒すの」

 何を言っても、もじもじと母の後ろに隠れるばかりだったわたしは、突然、この言葉だけはその頃のどんな言葉よりも流暢にしゃべったらしい。母とおばさんはしばらく固まったそうだ。

「奥さん……」

「いえ、私は何も話してないんですけど……」

「それなのにこの子はこんなことを。やっぱりオルテガさんの子なのね……」

 おばさんの悲しそうな、けれど何か感動しているような表情は今でも覚えている。

 長ずるにつれて、魔王を倒すという目的意識はさらに強く、固くなっていき、その目的意識で頭がいっぱいになる時間も長くなっていった。また、年齢を重ねて世のことが分かってくると、目的達成のために何をすればいいのか、ということも何となくわかってきた。

 わたしは体を鍛え始めた。

 強い目的意識に支えられた精神は、わたしに女らしい趣味を持たせたり遊びをさせたりする暇を与えず、家族が心配するほど、わたしを鍛錬に打ち込ませた。

 結果、無駄な脂肪の無い、しかし出るところは出ているセクシーな体つきのギャルに、わたしはなっていた。

 周囲の男たちの中には好色な視線を向けてくる者も多く、中にはあからさまに股間を膨らませている者もいたが、わたしには関係なかった。その状況を見て、嫉妬からわたしを憎む女もいたが、それもわたしには関係なかった。

 何故なら、わたしは魔王を倒さなければならないから。

 魔王を倒すことだけが、わたしの生きる目的だから。取りあえず。

 そういう生活を送ってきたので、必然的に友達はいなかった。セクシーギャルな一匹狼として、わたしは体を鍛え続けた。

 そして、わたしが16歳になった日、旅立ちの許可を求めに王様へ挨拶へ行くこととなった。

 そんなことを言うと、ええ、個人が旅立つくらいで王様に挨拶とかすごっ、と思うかも知れないが、そうでもない。というのも、わたしの住んでいる場所は人口が少なく、住民は全員顔見知りという状況なので、王様に挨拶と言っても旅行前に近所のおじさんへ挨拶に行くくらいの感じだった。

 むしろすごいのは、全人口が30人にも満たない小さな町、どころか村、ですらない集落であるのに、そこに立派なお城があることである。

 王様とは通常、治める土地の民草から税なり何なりを召し上がることによって生計を立てているはずだが、わたしの集落の場合、わたしも入ったことは無いのでよくは知らないが、集落の人口と同じくらいの人数が城の中に住んでいるのではないかと思う。

 ということはつまり、全町民が収入の半分を税として納めたとしても、王様は町民と同程度か少しはマシくらいの生活しかできないはずである。

 しかるに、城は大きく清潔に保たれ、来ている服も家具もいいものが揃っている。

 一体どういう事だろうか。何かわたしには理解できない経済構造がそこにはあるのだろうか。

 まあ、あったとして、わたしには関係ないけど。

 何故なら、今わたしは魔王を倒すためだけに生きているのだから。

 そんなことを考えながら濠を渡り、門を潜って、階段を上がり、謁見の間みたいなところに出た。

 最初から最後まで一直線であった。明らかに防衛上問題がある気がしたが、まあ、わたしには関係ないので特に指摘はしないことにした。

「よく来た、おうかよ」

 じゃあ、行ってきます。いってらっしゃい。と簡単に終わるはずはなく、王様はよほど暇なのか長々としゃべり出した。

 王様の話は大半が父の話だった。わたしの父オルテガは、わたしが生まれた時にちょうど魔王を倒すための旅に出て、そのまま行方知れずになっていた。

 噂では魔物との戦闘の最中、火山の火口に落ちて命を落としたという。

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 父の記憶は全くないので、それを聞いてもあまり悲しくはなかった。むしろ、わたしの身の内に燻る目的意識の出処を知った気がして興味をそそられた。

 しかし、それも母から聞かされた時のことで、今更同じ話を聞かされても退屈なだけだった。

 王様の語る、わたしの父についての話に目新しいことはなかった。しかし「知ってる、知ってる」とか言って遮るのも無礼な気がしたので、手持ち無沙汰にちらと王様の側に佇む大臣を見ると、彼はわたしの乳を凝視していた。

 ようやくわたしの乳の話……じゃなくて、父の話が終わり、王は咳払いと同時に居住まいを正した。

 いよいよ本番らしい。

 まあ、大体何を言うか、想像が付くけどね。

「おうかよ、魔王バラモスを倒してまいれ!」

 予想通りかつ予定通りの内容だったので、わたしは何一つ感慨が無かった。

「謹んで拝命致します。討伐などという漠としたものでなく、必ずや抹殺・滅殺し、完全消滅させます」

「おお、頼もしいな。実に頼もしい」

「すいません、まだ具体性に欠けていました。バラモスとかいう生物がどういう形をしているのかは分かりませんが、腕があるならそれをもぎ取り、脚があるならそれを切り落とし、腹があるなら掻っ捌き、腸があるならそれを引きずり出し、それでもって首を絞め、じわじわと生命力を奪った上で頭をカチ割り、脳みそをぐちゃぐちゃにかき混ぜて殺します」

「お、おお……」

 普段は口数が決して多くないのに、わたしは気がつくと、何かに乗り移られたかのように凄まじい勢いでしゃべり出していた。

「それだけではありません。殺した暁には、この世界に住む全人類からバラモスの記憶を消し去ることも忘れません。人が本当に死ぬのは、その人のことを覚えている人間がこの世に一人もいなくなる時だと言いますもんね。まあ、バラモスは人ではないですが」

「い、いや、何もそこまでしなくても……」

「具体的にどうやるのかというと、まあ、脳に一定程度の衝撃を与える、という形を取らせていただくことになるかと思います。つまり、バラモス虐殺後、バラモスのことを覚えている人間の頭を叩いて世界中を回るつもりです。一応加減するつもりではありますが、死んでしまったらまあ、それは仕方ないですよね。バラモスが誰かの記憶に残って生き続けることよりはマシですから」

「え?いやいや、ちょっとちょっと、何言ってんの?え、いやいや、なになになに、それじゃそれじゃそれじゃさ、まさかバラモスの脅威から救われても、そなたに殺されるかもしれないってこと?あはは、まさかねぇ?」

 王は狼狽・困惑して面白い口調になってきていた。

「バラモスのことを記憶に留めていることによって、バラモスを生き永らえさせているということは、その時点で人類の敵です。致し方ないことかと」

「無くねーよ。致し方。ていうか、あれか。それじゃあ、そなたはわたしも殺すのか。バラモスのことを憶えているからってぇ」

「まさか。頭を叩くだけです。ちょっと強めに」

「それが殺すっていうの!ちょっともう、何なのこの子。オルテガの娘だって聞いたから期待して呼んだのに、とんだサイコパスじゃん」

 これが王の普段の言葉遣いなのだろうか。

「ていうか、あんた、自分はどうすんのよ?自分だって、バラモスのこと憶えているじゃない」

「もちろん全人類の記憶からバラモスを消し去った後、何かに頭を強く打ち付けて自らの記憶からもバラモスを消し去る所存です。その過程で命を落とすことになっても、わたしには一つの悔いもありません」

「きりっとして言ってんじゃないわよ。何これ、やだもう、どうなってんの大臣」

「はっ……え、えーと、何の話でしたっけ?」

 大臣がわたしの乳を見ていたせいで、話をまるで聞いていなかったのは見え見えだった。

「もう、無能!何で話を聞いてないのよっ」

 キーッと猿みたいに鳴いた王を見て、さすがにやばいかなと思った。

 わたしはこれでも、というか見ての通り常識人である。いくらわたし1人がバラモスをぶっ殺す、そしてその記憶の一片たりとも残さず消し去る、と強い目的意識を持ってそれを成そうとも、こういう禍根を残すとちょっと気分が悪いなと考えたりはする。

 それに、こうした財力のある人間の協力は、あって困ることは無いしね。

「冗談ですよ、王様。魔王の手から世界を救っても、そんなことしたら意味無いじゃないですか。わたしは亡き父の遺志を継ぐだけです」

 なんか王がオネエ言葉でしゃべるので、わたしも気安い口調になってしまった。自分で自分が気持ち悪かった。

「あら、そう……うおっほん。分かっていたとも。うむ。それでは、ささやかではあるが、餞別だ。受け取ってくれ。大臣」

「はっ」

 大臣は50Gとひのきのぼうとこんぼうとたびびとのふくを持ってきた。マジでささやかだなと思った。本当に城の財政には余裕がないのかもしれない。

 不服ではあったが、わたしはその餞別を素直に受け取り、城を後にした。

 去り際、王は酒場で冒険の仲間を募ることを強く勧めてきたが、わたしは、はいはい言って適当に聞き流した。

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 仲間集めなどする気は毛頭無かった。

 というのも、わたしにしてみれば、これは冒険でも何でもなく、ただの計画殺人でしかないのだ。いや、バラモスは人じゃないか。

 計画殺害でしかないのだ。

 仲間なんて必要ない。

 城を出たわたしは武器屋へと向かった。

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