周縁飛行

日に日に半径が増大する極大の遠回り。その記録。

ゲームプレイ日記 ―ドラゴンクエストⅢ― 2

2 レベルアップという快感

 武器屋へ行ったわたしがまず何をしたかと言うと、王からもらったひのきのぼうとこんぼうを売り払った。

 渡された時は服や金と一緒だったから、何となく受け取ってしまったが、よく考えてみれば、いや、よく考えてみなくてもふざけきった話である。

 一体どこの世界に「魔王を倒してきてくれ」と頼んだ相手に、餞別として木の棒きれを渡す奴がいるだろうか。

 まあ、すぐ近くにいたのだが、棒きれと言っても木刀とかならまだ話は分かる。しかし、わたしが受け取ったのは正に切り出し立てのひのきの材木であり、はっきり言ってこんなものは武器とは言えない。まだマシとはいえ、こんぼうだって同じようなもので、ごっこ遊びの世界でなら伝説の剣になり得るかもしれないが、こんなものでバラモスをぶっ叩いても多分ギャグにしかならない。

 そういう訳で、わたしはもらったばかりのひのきのぼうとこんぼうを売ろうとしたのだが、正直言うと絶対買い取ってもらえないだろうなと予想していた。

 大体、木の棒が武器として売れるのなら誰も真面目に働こうなどとは思わない。

 まあ、売れなかったら、薪にでも使うしかない。

ひのきのぼうは3G、こんぼうは22Gで買いましょう。いいですか?」

 ぼえぇぇ、マジで!?

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 内心では心の底から驚いたが、侮られると嫌なので、表情は平静を保って、わたしは即座にひのきのぼうとこんぼうを売り払った。今後、お金に困ったら、棒きれを拾ってきて、ここで売りまくろう。そんなことを思いながら。

 そしてそのまま、その店でどうのつるぎを買い、わたしはいよいよ町の外へと向かった。

 それにしても本来ならば、わたしがここでお金をだしてどうのつるぎなぞ買わずとも、武器屋の方から「勇者様、どうぞお持ちください」となってしかるべきところである。それをばしないで、勇者であるこのわたしから金を巻き上げて恬然としているとは、あの武器屋の主人は相当に太い奴だ。殺そうかな、と思わないでもなかったけれど、これも地元の経済を活性化させる一助になればと思い直して普通に買った。

 どうのつるぎは100Gもしたので、王からもらった50Gに自分の有り金をほとんど注ぎ込む感じになってしまった。改めて餞別のショボさに腹が立ったが、まあ、困ったら最悪棒きれを拾ってきて売ればいいのであまり気にならなかった。

 町を一歩外に出ると、草原と森が広がっている。

 はっきり言って、わたしはほとんど町の外に出たことは無い。

 魔物が出るからと、母から止められていたのだ。

 それが魔王討伐の旅を許すとは、どういう心境の変化だろうか。

 きっとこのままでは、成人しても定職に就かず、日々魔王討伐を夢見て体を鍛え続けるニートになってしまうと危惧したからであろう。

 夫を殺され、娘をニートにされたら、今度は母がバラモスを殺しに行くかもしれない。

 母がバラモスをひのきのぼうで叩きまくっているところを想像しながら、森に向かって歩いていると、近くの草むらから何かが飛び出してきた。

 避け損ねたわたしはタックルを食らって、尻もちをついた。

 前を見ると、青いブニブニした物体が、こっちを見てニヤニヤしている。

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 ムカついた。

 なんて言うと軽く聞こえるかもしれないが、わたしはかなり本気で腹が立った。

 魔物と言うからには、悪鬼の如き形相でこちらを殺しに来るのかと思いきや、適当にぶつかって来て、尻もちついたこっちを見てニヤニヤしている。「なんじゃい、われぇ‼︎ 舐めとんのか、ボケカス」なあんて叫びたかったが、叫んでも仕方ないので、わたしはどうのつるぎを構えて突っ込んだ。

 体を鍛えていたおかげか、つるぎはさほど重く感じず、青いブニブニとの間合いも一瞬で詰まった。

 ビターン!!

 あんまり腹が立ったので、敢えて刃ではなく剣の腹で真上から叩き潰した。

 青いブニブニは粉々になって飛び散った。

 顔にも飛んできた。

 不快過ぎて後悔していると、ブニブニに塗れた銭が落ちているのに気がついた。どうやら青いブニブニが持っていた、というよりその体内に入っていたらしい。意味が分からない。というか、汚すぎるのでいらない。

 銭に気がついたと同時に、体内に、何と言ったらいいのだろうか、何かエネルギーが満ちてくるような感覚が走った。自分が強くなったような気がした。しかし、その感覚はすぐに消えた。

 いい気分だった。

 もう一度味わいたい。

 強くそう思った。

 そう思うと、もはや居ても立ってもいられなくなり、わたしは魔物を求めて走り出した。

 わたしは魔物を狩りまくった。

 悪鬼羅刹の如く剣を振り回し、遭遇した魔物は片っ端から斬り殺した。

 魔物を殺した後に得られるあの快感については、何度か繰り返す内に色々と分かってきた。

 まず、快感を重ねる内に、ある一定の所まで来ると、一際大きな快感があるということだった。いやらしい喩えになるが、それはオーガズムに似ていた。後から聞いた話で、その絶頂感はレベルアップの兆であることが分かった。しかし、わたしにとっては性的絶頂よりも遥かに快感で、それがため、わたしは狂ったように魔物を殺しまくった。

 気づいた時には、わたしのレベルは18になっていた。

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 その間にレーベとかいう集落や、その東に広がる森くらいまで行動範囲が広がった。

 火の玉や炎を起こす魔法や、傷を治したり瞬間移動したりする魔法を覚えた。

 しかし、わたしが強くなり過ぎたせいか、徐々に魔物を倒した時の快感が減少していき、相当な数を倒さないとあの絶頂感は味わえない感じになっていた。

 わたしの敵は主に青いブニブニやアリクイみたいなのや、蜂みたいなのや、カエルみたいなの、人の顔を持った蝶や青いブニブニが溶けて緑色になったものなど、バラエティに富んでいたが、フードをすっぽり被って顔を隠した人間みたいな奴が出てきた時は、人間かと思って声をかけたら火の玉を放って来たのでびっくりした。

 びっくりした後で猛烈に腹が立ったので、必要以上に斬り刻んだ。何か人を殺しているようで後味が悪かった。

 蜂みたいな奴が仲間を呼ぶ性質があると知った時は、1匹だけ残しては仲間を呼ばせ、十分に集まった所でまた1匹になるまで殺して仲間を呼ばせ……ということを繰り返したりした。

 何故かと言うと、大量の蜂を倒してから最後の1匹を倒すと、戦闘後の快感がもの凄かったからだ。

 決して無意味に命を奪っている訳では無い。

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 しかしながら、それも快感を得るには相当数の蜂を殺さねばならないようになってきたし、このまま続けたら森の生態系に影響を与えるかも知れないので、わたしは今、更に行動範囲を広げようかと考えながら、酒場で酒を飲んでいる。

 考えながら、と言ったが、それはもうほとんど決定事項で、だからこそバラモス殺害への前進の記念としてこうして酒場で酒を飲んでいるのだが、わたしは財布を忘れたことにさっき気づいて焦っていた。

 それだけ言うと、いかにもわたしが間抜けみたいに思えるかもしれないが(まあ事実若干の間抜けさは否めないが)、魔王を倒す旅に出た時点でわたしの身分は勇者であり、そうした勇者の旅とは金銭問題とは無縁のものだと、わたしは思っている。第一、みんなに迷惑をかけている奴を倒しに行くのだから、その旅はみんなの力でサポートされてしかるべきではなかろうか。具体的には、宿泊費・交通費・飲食費・その他冒険必需品の購入費用は必要経費としてどこかに落ち、わたしは無償で利用できる、とかね。

 そういう考えでやってきているので、今まで倒した魔物からはまったく銭を奪っていない。というか、あれは魔物の体液塗れで、そうでなくとも気持ち悪くてとても拾う気にはなれない。だから、正直家に財布を取りに行っても、その中に必要なだけの銭が入っている可能性は薄い。

 じゃあ、この酒場の主人であるルイーダさんにそう言えばいいと思うかもしれないが、はっきり言ってこのタイミングでそんなことを言っても質の悪い酔っぱらいでしかない。それくらいはわたしにも分かる。

 でもまあ、ルイーダさんならわたしの我が儘を聞いてくれそうではある。

 母はわたしが幼い頃、どうしても1人で外出しなくてはならない時、わたしをルイーダさんの酒場に預けていった。それゆえ、ルイーダさんは家族以外では恐らく唯一の、わたしが懇意にしている人間なのだ。彼女は幼いわたしを飽きさせないように一日中遊んでくれた。わたしがぐずり出すと店の仕事を放り出して来てくれた。凄まじく親切にしてくれた。

 何故、そんなに親切にしてくれたのか。

 ルイーダさんはわたしのことが好きだった。

 同性愛者にして軽度の小児性愛者という、ルイーダさんのややマイノリティな性的嗜好に、わたしがどストライクだったらしい。確かに幼いわたしとじゃれ合っていた時、ルイーダさんの鼻息は荒かったような気がするし、今思えば普通触らないようなところを触られていた記憶がある。

 けど、わたしはあまりそういったことに頓着しない性格であるし、全てを知った今となっても、思い出は美しいままである。

 どうして全てを知ったのかというと、それは自分で悟ったわけでも何でもなく、ルイーダさん本人から聞いたからだ。ルイーダさんは一昨年、というと、わたしが14歳の時であるが、すべてをカミングアウトした上で、正式に交際を申し込んできた。

 わたしもルイーダさんのことは好きだったが、恋愛的なそれではなかったし、何より魔王を倒さなくてはならないので丁重にお断りした。

 ルイーダさんは深刻にショックを受けていた。

 そのままでは自殺してしまいそうな雰囲気さえ漂わせていたので、たまに2人でイチャイチャするという妥協案を提示して事なきを得た。

 というわけで、わたしとルイーダさんはたまにイチャイチャする関係であるから、彼女の店で飲み代の心配などしなくてもいいわけなのだが、ルイーダさんも結構したたかな人なので、銭を払わないとなると、まあどうしたって身体で払うことになるのは目に見えている。多分直接的には言ってこないけど、せざるを得ない環境を作り出す。ルイーダさんはそういうことに長けている。

 それじゃあ、身体で払うのが心底嫌なのかというと、そういうことではなく、時間の問題であった。

 ルイーダさんは、まあこういうことを言うのはあれかもしれないけれど、絶倫である。ひとたび身体で飲み代を払うとなると、多分3日はベッドから出られない。そこから回復するのにさらに3日は寝込むことになり、結局1週間はベッドで過ごすことになって、その分旅の出発が遅れる。それが嫌だった。

 ルイーダさんには申し訳ないが、今のわたしには3日もベッドで喘いでいる暇はない。

「えぇ、マジで!?おごってくれんの?」

「助かるわー」

「サンキュ、サンキュ」

 もう身体払いのツケとかにしようかな、などと考えていると、騒がしい酒場内でもひと際大きな、都合のいい声が聞こえてきた。誰か羽振りのいい奴がいるのだろうか。

 見ると、恐らく旅の仲間であろう、男の3人組が、見るからにそいつらとは関係無さそうな男を囲んでいる。囲まれている男はいかにも気弱そうで、困った顔をして口をパクパクさせていた。どこかで見たことがある。多分、町の住人だ。

 わたしは早速近づいていった。

「ホント、超助かるー」

 無口なわたしとしては結構頑張って3人組に調子を合わせた感じの口調で、極自然に入っていったはずなのに、すぐさま3人組は不意に現れた魔物でも見るような目つきで睨んできた。

「なんだ、お前」

「いや、わたしもこの人に奢って貰おうと思って」

「はぁ、ふざけてんのか」

「ひょっとして、こいつの知り合いか? さもなきゃ、正義の味方気取りか?」

 意味が分からなかった。わたしは自分の目的をちゃんと簡潔明瞭に伝えているはずなのに、どうして知り合いとか正義の味方とかいう話になるのだろうか。ひょっとして、違う言葉を話す異国人なのかもしれない。

「あの、これ、何て言うか分かります?」

 非常にゆっくり、きっちりと机を指差して、わたしは問いかけた。

「殺されてぇのか!」

 男の内の1人が拳で机を叩きながら吠えた。

「違います。ここでは、これのことを『机』と呼びます。なるほど、やっぱり異国の人だったんですね」

 納得した矢先、机を叩いた男が殴りかかってきた。

 もうマジで意味が分からない。異国流の挨拶なのだろうか。でも痛いのはやだな。そう思った瞬間に、わたしは男の右腕を斬り落としていた。ほとんど条件反射だった。

「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!」

 男は絶叫し、スッパリ斬れた腕を抑えて蹲った。

 そんなに嬉しかったのか。喜んでもらえて良かった。

「くそっ、やりやがったな!」

 他の2人は剣を抜いた。

 どうやら、もっとちゃんとした形式の挨拶があるらしい。しかし、腕を斬り落とせばいいことは分かっていたので、今度は何も迷うことはなかった。

 多分、わたしのためにわざとそうしてくれているのであろう、気が遠くなりそうなほど遅い太刀を躱し、わたしは2人の腕を斬り落とした。

 ちゃんとした形式に応えるように、両腕とも斬り落としておいた。

 もんどり打って転がった2人は水揚げされた魚みたいに床で跳ねて喜びを示した。

 ふと、周囲を見渡すと、酒場の客は全員が唖然としてこっちを見ていた。まあ、わたしの住む集落は田舎だから、異国の挨拶を見ればこうなるのも無理ない。恐らく、わたしだって見る側だったら結構驚いていただろう。

 あまりの感動のせいか、不明瞭な言葉を発しながら、3人は立ち上がった。

 えぇ、まだ続きがあるのか……

 最初はまぐれで挨拶の形式を的中させたが、さすがに次は自信がない。

 どうしようか考えていると、すぐに閃いた。

 ルイーダさんに聞こう。

 彼女なら職業柄、異国の人と接することも多いだろうから、こういうことには詳しいに違いない。

ルイーダさん、この後どうしたらいいの?」

「首を落とすのよ」

 ルイーダさんは、カウンター越しにすぐ返事をくれた。

「ありがとう」

 返事と同時に、わたしは幽鬼のようにこちらへ向かってくる3人の首を斬り落とした。

 3人は床に転がって動かなくなった。

 頭が3つ、ごろんごろん床を転がっていく。血溜まりが広がっていく。

 それにしても命を賭して挨拶をする風習があるとは難儀な国があったものである。わたしだったら絶対そんな国に生まれたくない。

 わたしは改めて3人に囲まれていた男に向き直った。

「で、話の途中だったけど、奢ってくれるんでしょ?」

「ひぃっ!」

 男は腰を抜かして床にへたり込んでいた。

「こ、ここ、殺さないでくれ……!」

「だから、何でそういう話になるのか分からない」

「払う、払うから……金なら払う!」

 次の瞬間、わたしは後ろから抱きつかれた。背中に当たった胸の感じと匂いでルイーダさんだと分かった。

「おうかぁ、ありがとー。ホントあいつらには迷惑してたのよ」

「あ、うん……ん?」

 あれ?迷惑?なんか話が噛み合わない。

「この人を助けるために3人組を排除してくれたんでしょ? ホント、あいつらってば、気の弱そうな客に近づいて恐喝まがいのことして。でもやり方が陰湿でしょう。それに何でも相当な腕力だって噂もあって、なかなか正面切って追い出すことができなかったのよねぇ」

「へぇ」

 そうだったのか。確かにそう考えれば、あいつらの受け答えにも筋が通る。

「わたしは本当にこの人が気前よく奢ってくれるのかと思ったよ」

 ルイーダさんは一瞬目を見開いて黙り込んでから、爆笑した。

「あはははは。この子ったら、昔から天然なんだから。んーもう、愛してるぞっ」

 ルイーダさんは、わたしのほっぺにキスをしてきた。どうやらかなり気分がいいらしい。この流れならいけるかもしれない。

ルイーダさん、申し訳ないんだけど、わたしさっきお金持ってないことに気づいて」

「あー、いいよ、いいよ。今日のおうかにはむしろこっちからお礼をしなくちゃいけないくらい。ふふ、どう、今夜?」

「あー、すいません、明日早いんで……」

「ちぇ、連れないなぁ。また今度ゆっくりね」

 ルイーダさんはウインクをすると店の方に向き直った。

「さあさあ、このゴミを片付けるよ。外で盛大に燃やしましょうか。片付けと準備を手伝ってくれた人にはお酒サービスしちゃうから」

 客たちから歓声が上がり、我も我もと立ち上がった。

 死体処理と店内清掃をそのまま商売に結びつけようとするルイーダさんの強引さに舌を巻きながら、わたしは酒場を後にした。

 こんな出来事を紹介すると、『平気で人を殺して、なおかつそのことに咎めも無し。周りの人間もそれを何とも思っていない。これはあれだね、未開の蛮族の集落かな』と非難してくる人権団体気取りが出現するのだろうか。まあ、そんなことを言われても、本当にわたしの集落は未開だし、わたしたちは所謂ところの蛮族なのかもしれない。わたしはいろいろと本を読み漁ったから知っているが、集落には警察機構なども無いし、一応王制を敷いているようだが、それがどの程度住民の倫理道徳の制御につながっているのかも分からない。法律などというものも一度だって聞いたことは無いし、そう考えると法治国家というよりは放置国家である。

 それでも人殺しが推奨される事柄ではないという倫理観は親が子に教えているし、何より人に迷惑をかけてはいけないという鉄則がこの集落という共同体を成立させている。本で読んだようなグローバル化・都市化が進んだ社会では法整備がなされ、それをもとに司法機関が罪の有り無しを決めるのだろうが、複雑化した社会にはその網の目をうまく潜り抜けて野放しになっている悪党も多いと聞く。明らかに殺さなければならない連中が司法の綱渡りをやってのけ、あるいは捻じ曲がった人権主義からのうのうと生きているなどという話も。それに比してわたしたちの集落では多くの人がダメと言えばダメだし、よしと言えばよし。多数決と言うと、シンプル過ぎて語弊があるかもしれないが、今日の三人組だって、本当に殺してはならないような人たちであれば誰かしらが止めに入ったはずである。それが無いという時点であの三人組の死刑は確定していたのだ。

 確かにわたしの集落は未開で、わたしたちは蛮族かもしれない。でも、本で読んだ社会とわたしたちの社会、どちらがより人間的なのか、そう易々と判断できるようなことではないと、わたしは思うが、どうであろうか。

 ってぇ、わたしはいったい何に弁明をしているのだろうか。酒の飲みすぎで酔っ払ってしまったのか。それにしても、異国流の挨拶と勘違いしていたとはいえ、人を殺してしまったわけだが、わたしが真っ先に思ったのは、魔物を倒した時の快感が無いな、ということだった。

「あの、すいません」

 もしかしたら、魔物以上の快感があるのではという一抹の期待は見事に裏切られた。まあ、裏切られなかったとして、殺す対象を魔物から人間にシフトするわけではないが、今日みたいな悪人を進んで成敗する気にはなったかもしれない。

「ちょっと、すいません」

 けどまあ、結果的にはルイーダさんの店のためにはなったのだし、良しとしよう。

「あの、おうかさん!」

 唐突に名前を呼ばれ、振り返ると、そこには小さい商人風の格好をした女の子が立っていた。

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