周縁飛行

日に日に半径が増大する極大の遠回り。その記録。

旅のスタイルは大体、生き方に似る

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「今の人には道に迷う自由もない。」

確か高校2年の時の国語の教科書だったと思うが、別役実の随筆か何かで、そんなことを読んだ。何分、10年以上前のことなので細かいことは思い出せないのだが、カーナビを例に挙げ、そんなことを書いていたように記憶している。

それは別段、その随筆の主題でも何でもなかった気がする。あるいはその延長か。とにかく、さりげなく書いてあったそのことが奇妙に頭に残っているのだ。

迷う自由。

高校生の時は分かったつもりで、やはり分かっていなかったのだと思う。私見になるけれど、基本的に若さは最短距離を求めがちであり、葛藤や逡巡、気まぐれや無駄足などの遠回りを楽しむには、ある程度の精神的成熟が必要だと感じる。それを成熟と呼んで差支えがあるのなら、老化と言おうか。

大学生の頃、有り余る休みを利用して、たびたび海外旅行をした。休みのほうは有り余っていても、お金のほうはそうもいかないので、よく言う学生の貧乏旅行である。最初はトルコに3週間ほどだった。

気合を入れて下調べをし、見たいところをリストアップして、限られた時間の中、できる限り効率的に回ろうと意気込んでいた。それで特別失敗したわけではないが、旅の途中から発症した胃痛のために、あまりものを食べられなくなった。

胃痛の原因はストレスだったのだろう。入念なプランニングはいつの間にか、計画外の行動を許さない意識を醸成していた。

気持ちの余裕がなかったのだ。旅行なのに。

少し寂しい気がした。

他人のおすすめを聞き流し、数多の客引きを斥け、寄り道せずに決めた場所から決めた場所へ最短距離。決めた場所は行きたい場所なのだから、合理的といえば合理的なのだが、効率ばかりを是とし、それ以外をすべて斬って捨てるには、自分はまだまだ知識も経験も足りていない。

計画の外から飛来するものにしっかり接してそれを人生の糧とし、豊かな人生を送りましょう、などと言うつもりは毛頭ない。そういうしみったれた人生訓を展開したいのではなく、単なる憧れとして、私はそういう道草や寄り道を心から楽しめる人間になりたいと思うのだ。

だから当然、最短距離で最高効率で回る旅行を否定などはしない。ただ、自分には合っていないというだけである。

どういう職業に就き、いつごろまでに結婚し、子供をつくり、家を買い、その後どういったところを目指して生きていくのか。こうした人生のビジョンをある程度具体的に考えている人間が周りにいたことはあるだろうか。

あまり多くはなかったが、私の周りにはいた。

彼らは強い。

なぜなら、大多数の人間はそうした将来のビジョンなど持たずに日々を漫然と過ごしがちだからだ。モチベーションやバイタリティの点で、目的意識を持った人間はそれを持たない人間をはるかに凌ぐ。当たり前の話である。

結果として競争に勝ち、社会の中で上へ上へと昇っていくのだ。

まるで添乗員付きツアー旅行のようであるが、人生においてそれを実現するのは容易なことではない。彼らの人生が豊かではないなどとは決して言えないし、もしそんなことをいう人間があれば、その人間の人生こそが貧しいものであると思う。

旅のスタイルは大体、生き方に似る。

などというタイトルをつけておきながら、将来のビジョンを持つ人たちが旅行においても、きっちり計画を立てて行動するという証拠があるわけでもない。そうなのではないか、という話である。

まあ自分の場合は、そんな計画だった緻密な生き方をしていないのに、初の海外一人旅行に浮足立って、慣れないことをした結果、その負荷が胃痛という形で現れたのだと思っている。旅の仕方が生き方のそれと乖離していたのだ。

大学時代には、それ以降も何度か旅をしたが、遠回りを楽しむ旅行というのには、なかなか到達できなかった。もちろん、それでも旅は楽しいものであるし、得るところは大きいのだが。

翻って大学以降の人生を見てみれば、卒業後いきなりフリーターになり、しばらくして就職し、5年ほど働いて、今はニートである。本筋よりも寄り道にいる時間がはるかに長い。

ここで焦って本筋に戻ろうとしたら、トルコ旅行の二の舞である。

決して働きたくないわけではない。いや、働きたくはないけれど。

私はただ、旅においても人生においても寄り道を楽しむ精神的余裕を持ちたいのである。

先日、京都を旅行した。

漠然と、古道具屋に行ってみたい、という衝動で、4泊5日の旅を決行した。ほとんど何の予定も立てなかった。唯一、行くことを決めていた天神市はコロナの影響で中止であった。

それでも、充実していた。

朝起きて何をしようか決め、行った先の気分で次の行き先を決めるような旅だった。

自分の生き方に、旅のスタイルが少し、近づいたような気がした。

旅も人生も、できる限り寄り道を楽しむ。

これでいい。

いや、これがいい。

 

 

※ちなみに京都旅行は、4泊5日の宿泊費と小田原―京都間の往復新幹線込みで、2万円弱というすさまじい安さであった。まったく『GOTOキャンペーン』様様である。この機会に是非使い倒すことをおすすめする。