ゲームプレイ日記 ―ドラゴンクエストⅢ― 3
3 商人「みずき」
まったく知らない奴だった。
「どうしたの、迷子?」
「違います!こう見えても私、あなたと1つしか違わないんですから!」
わたしの年齢も知っているのか。
「じゃあ何?」
「さきほどの酒場での行動、拝見しました。おうかさんは、これから魔王討伐の旅に出るのだと聞いております。なので、あの、その……ぜ、是非私をお供に連れて行ってください」
商人風の女は深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、仲間は募集してないから」
「そんな……絶対、足手まといにはなりませんから」
「わたしの旅は遊びではないので」
「そんなこと、分かってます。もし、足を引っ張りそうな時はいつでも切り捨ててくださって結構です」
「じゃあ、望み通り今ここで斬り捨ててやろう」
「物理的な話じゃないですっ!」
大上段に構えたわたしを見て、女は頭を抑えて蹲った。そのままガクガク震えている。
「冗談、冗談」
「し、死ぬかと思った……」
目には涙が滲んでいる。
「あっ……」
「ん?」
「い、いや、何でも無いです」
女は顔を赤らめて俯く。
「じゃ、そういうことで」
「待ってください。お願いします」
「どうして、わたしなの? 旅してる人なら他にもいたじゃん。恐喝してた3人組とかもそうなんじゃない」
「それはあなたが殺したじゃないですか。それに、たとえ生きていても、あんな人たちの仲間になんて絶対なりません。誰でもいいわけじゃないんです。私はおうかさんの人柄に惹かれたから、お願いしてるんです」
「買い被りすぎだよ」
絡まれていた男を助けるためにあんな行動を取ったわけではないと説明しようかとも思ったが、面倒くさい。酔いも回ってきて眠い。わたしは家の方へ向けてユルユル歩き出した。
「そんなこと無いです」
女はガニ股気味に付いてくる。
「何、その歩き方」
「ちょ、ちょっと足元暗いので……」
わたしが振り返ると、女は即座に股へ手をやり、前かがみかつ内股になる。顔は真っ赤だ。
もしやと思って、彼女の後ろを見ようとすると、今度はぴょこぴょこと飛び跳ねながら手でわたしの視線を遮ろうとする。
「そっちには何も無いです!無いですから!」
無視して、さっきまで女の子の立っていた場所へ来ると、そこには雨が降ったわけでもないのに水たまりができていた。
「やや、雨が降ったわけでもないのに水たまりが。これはどうしたことだろう」
女の顔がまた一際赤くなる。
「ど、どうしたことでしょうね……」
「やや、この水たまりから水滴がこちらに伸びて、やや、それがあなたの足元まで繋がっていて、やや、何だか知らないけど、あなたのお召し物が濡れている。一体どういうことだろう」
女は黙っている。
「どういうことだろう」
女は黙っている。
「いやはや、わたしにはまったく因果関係が分からない。もしかしたらこれは魔王バラモスを倒す方法につながっているかもしれないのに」
「そんなわけあるかっ」
女は唐突に突っ込んできた。
「そ、そうですよ、それは私のおしっこですよ。おうかさんが脅かすから、漏らしちゃったじゃないですかっ。ひどいです。うぅ……」
女は静かに泣き出した。
その姿を見てわたしは思った。
きっとルイーダさんが好きそうなタイプだなぁ、と。こいつを差し出す代わりにあと二回くらいただ酒を飲まさせてくれないだろうかと、そんなことも考えた。
「もし、シャワーとか借りたいなら、さっきの酒場に行くといいよ。それじゃ」
「ちょっと、まだ話終わってないですよ」
「いくらわたしが外聞を気にしないとはいえ、さすがにお漏らしをする人間と旅をするのは……」
「し、しないですよ。今のはおうかさんが脅かすから」
「いい? 魔物だって、出会い頭にいきなり襲いかかってくるんだよ」
「は、はい……」
「その時、その衝撃にあなたの膀胱は耐えられるの?」
「耐えられますよ!」
話しながら歩いていると、とうとうわたしの家の前まで来てしまった。
「じゃあ、もうわたしは寝るからね。家の中まで入ってきたら斬り殺すからね」
軽い制止のつもりで言っただけだったが、女の子はその場にビシリと固まった。
「わ、分かりました。けど、明日の旅には是非同行させていただきたく思います。そして、申し遅れて大変恐縮なのですが、私はみずきと申します。商人をしています。どうぞ、よろしくお願いします」
わたしはドアを閉めた。
〇
翌日、家を出ると、すでにみずきが待っていた。
「おはようございます」
眠かったので無視して歩き出した。まずはレーベを目指すことにしよう。わたしは町を出ると北へ向った。
「無視しないでください」
歩きながらもみずきは時折、「おーい、聞こえてますか?」「無視しないでください、悲しくなります」、「うるさかったらごめんなさい。でも、うるさいならうるさいって言ってください」、「あの、本当の本当にすいません、でも私、本気でおうかさんに付いていきたいんです」などと独り言を発していた。
結構大きな独り言だったので、そのせいか魔物があまり出てこなかった。
もう瞬間移動魔法で一気にレーベ行こうかなと思って呪文を使おうとした途端、前方の茂みから青いブニブニと頭蓋骨を持ったカラスが現れた。
「あ、スライムとおおがらすですね」
何度も無視されていたせいか、みずきの声は呟きのような小ささだったが、わたしはしっかりと聞き取った。
しかし、意味が分からなかった。
「え?」
「いや、スライムとおおがらすだなって……」
みずきはおずおずと魔物を指さす。
「ん?」
「ああいや、すいません、そんな当たり前のこと、わざわざ言う必要ないですよね……」
「いや、なんで魔物に名前なんかつけてるの? 趣味?」
「へ?」
今度はみずきがぽかんとしている。
「いやだって……スライムとおおがらすじゃないですか、あれ」
「知らないよ。今あなたが名付けた名前なんて」
「えぇ! いや、違いますよ。あの、青いニヤニヤ笑っているのがスライムっていう種類の魔物で、あのカラスみたいなのがおおがらすっていう種類の魔物なんです!」
割と驚いた。まさか魔物一匹一匹にちゃんと種類としての名前がついていようとは想像だにしなかった。別に魔物という総称だけ良い気がするが、敢えて名前を付けて分類しているということは、誰か魔物を研究しているような人間が存在するということだろう。考えてみれば、一般人はわたしのように鍛えてはいないのだし、人間の武器である知性を用いて魔物について知ることで、回避できる危険もあるかもしれない。
「おうかさん、知らなかったんですか?」
「知る必要が無かった。というか、現在進行形で必要無い」
「ありますよ。今はまだいいですが、これから先きっと、痛っ!」
のんびりとしゃべっている間に魔物の方が攻撃を仕掛けてきており、みずきはスライムと言うらしい青いブニブニのタックルを食らって尻もちをついた。
おおがらすの方はわたしに襲いかかってきたが、あまりにも遅いので、しっかりと構えてから思い切り叩き切った。
ジャストミートだった。
いつもだったら真っ二つに切れて、脳みそとか内臓だとかをこぼしながら地に落ちるのだが、今回は骨や肉、そしてそうした内臓までもが木っ端みじんに消し飛んだ。
「すごい! 会心の一撃ですね」
みずきは感心しながら、スライムを木の棒でぽかぽか叩いていた。見たことある棒だと思ったら、ひのきのぼうであった。本当に武器として使っている人がいることに、わたしは魔物に名前があることを知った時より驚いた。
みずきは何度かスライムを叩いた末に倒した。
戦闘後の快感はほとんど感じ取れないくらい小さかった。
「はあはあ。で、話の続きですが、魔物の知識は今後様々な魔物と戦っていく上で絶対に必要になります。敵の戦い方を知っていれば対策だって立てられますから」
「魔物程度、対策など無くても勝てるように、わたしはならなければならないから」
「だとしても、それまでは……」
「一度そうした戦い方に慣れちゃったら甘えが生まれると思う」
「そうですか……」
「それよりも今の戦闘、いつもより快感が少なかったんだけど、なんか分かる?」
「快感? ああ、経験値のことですか。経験値は一緒に戦った人の数で割られますから、今はおうかさんと私で半々になったはずです。だから、いつもより少なく感じたのでは?」
「なるほど。それじゃあ、お別れというわけね」
「えぇ! ちょっと待ってください! 何でですか?」
「だって、あなたがいるだけでわたしの経験値が半分になるんでしょ?」
「でも、私の魔物の知識は……」
「申し訳ないけど、わたしには必要ないから」
「経験値をたくさん持っている魔物を知ってますよ」
わずかに気持ちが揺らぐ。
「んー、それはわたしの経験値を半分にするほど価値のあることなのだろうか」
「それに私は商人ですから、道具の知識も豊富です。それだって、必ず役に立つはずです。世の中には履いて歩くだけで経験値が入ってくるなんていう靴があるんですよ。それだって、おうかさんが見たら普通の靴かどうか分からないはずです。私なら分かります」
歩いているだけで経験値が入ってくる……だと。ということは歩いているだけで常にあの快感を味わえるということで、それは、まあいやらしいたとえになるけど、大人の玩具を装備して性器を刺激しながら歩いているようなものである。
はっきり言おうか。
めっちゃ欲しい。
確かに普通の靴と見分けがつかなければ、手に入れるチャンスをみすみす逃すかもしれない。
「そこまで言うなら、取りあえず付いてきてもらおうかな。そのかわり、役に立たないことが分かった時は、それまでということで」
「はい!」
みずきは感動に目を潤ませている。
「じゃ、行こう」
「あの、お金、拾わないんですか?」
「え、拾わないよ。あんな汚いお金」
「えぇ! それじゃあ、今までも拾ってなかったんですか?」
「うん」
「それは絶対に今後困りますよ。装備の購入とか、宿の宿泊とか」
「わたしは勇者だから、そんなものはすべてタダになるはずだよ」
「ならないと思いますよ」
「とにかく、わたしはいらない」
「じゃあ、私が拾っておきます。もったいないじゃないですか……」
みずきは魔物の体液塗れのお金を拾い集めだした。何というか、金に汚い以上に金が汚い。汚さの坩堝であった。
しかし、商人としてはやはりそれくらい金に意識的でなければならないのだろう。難儀な職業である。その点、勇者は勇気さえあれば職歴の無いニートですら簡単になれる。加えて、他の職業と違い、その職に就いているだけで周囲から尊敬の眼差しを向けられるのだ。どう考えてもおいしい職業である。まあ、わたしはただ魔王を殺すことを考え続けていたら勇者になっていたのだけれど。
「あの……」
「ん?」
「もう、無視しないでくださいね。一応、仲間なんですから」
「ああ」
「大体、仲間じゃなかったにしても無視するなんてひどいです。そんなに嫌だったらちゃんと言ってくださいよ」
「いや、ほら、しゃべると必然的に息を吸うことになるでしょ?」
「はい、それが?」
「なんか、アンモニア臭がしそうだったから」
「ひどい! するわけないじゃないですかっ!」
みずきが金を拾い終わったところで、我々は再びレーベに向けて歩き出した。