ゲームプレイ日記 ―ドラゴンクエストⅢ― 4
4 レーベへ移動
一人でバラモスを殺す気満々だったのに、早くも連れが出来てしまった。しかも出来ただけなら良いが、そのせいで戦闘後の快感が半減してしまった。みずきにはそれを補うだけの働きを見せてもらわねばならない。
「あれは?」
「いっかくうさぎです」
「いや、名前とかどうでもいい。経験値を爆発的にくれる敵なのかどうか」
「いえ、違います。あの、さっきからすごい聞いてくるので言いますけど、その経験値を爆発的にくれる敵はこの辺じゃ、出てこないです。生息地は別の大陸ですから」
「じゃあ、例の靴は?」
「それも簡単には手に入りませんよ。少なくともこの大陸では無理だと思います」
なんか、非常に騙された気分になった。
「あ、で、でも、おうかさんならすぐにそれらのある場所まで行けると思います。だから、その時は私が探索を全力でサポートしますよ、はい」
わたしの感情の変化を敏感に察知したのか、みずきは必死でフォローを始める。
まあ、正直わたしとしては、仲間にするしないの説得と拒絶の応酬には疲れたので、余程のことが無い限り、取り敢えずはみずきを連れて回ろうとは思っている。
バラモスを殺すことが目的なのだから、人数は関係ないっちゃ、ない。別に一人にこだわることも無いのだ。
何にせよ、バラモスはわたしが殺す。それは、同行者が1人いようが1000人いようが変わらない。
〇
魔物を斬殺しながら、森をウロウロしていたら夜になった。
瞬間移動呪文で家に帰ろうかと思ったが、そんなに疲れてないし、今日は夜営することにした。
「夜になっちゃいましたね……」
みずきは肩身が狭そうに焚き火の薪を突つく。
「あの、すいません。私が足を引っ張るから、1日で着けるはずのレーベに辿り着けず、野宿になってしまって……」
確かにみずきは戦闘的には弱かった。しかし、レーベに着けなかったのは、ただわたしが回り道をして同じ所をグルグル回っていたからに過ぎない。だが、戦闘に必死だったみずきはそれに気づいていないらしい。というか、どうしても着きたきゃ、わたしは瞬間移動呪文を使う。
「これ、使ってください」
みずきは草を差し出した。
「何、その草?」
「薬草です。って、知らないんですか?」
「知らない。どうするの? 食べるの?」
「食べないですよ。汁を搾って傷口につけるんです。すぐに治りますよ」
「でも、わたし怪我してないし」
「そこ」
みずきはわたしの腕の小さい赤痣を指さす。
「私が仕留め損なったせいで……」
「ああ、こんなの」
わたしは回復呪文で痣を消した。
「わ、おうかさん、ホイミ使えるんですか!」
「ホイ……?」
「いや、ただの回復呪文だけど」
「それ、ホイミって言うんです」
「へぇ、変な名前」
「私がつけたんじゃないですからね。あ、それじゃあ、薬草は私が使ってもいいですか?」
「だってそれはみずきのものでしょ?」
「いや、おうかさんが倒した魔物が落とした物ですから」
わたしはその時初めて、魔物がお金以外にも落とす物があることを知った。別にどうでもよかったが。
「別にいいよ。わたしにはホイニがあるし」
「ホイミですから。じゃあ、お言葉に甘えて……痛たた」
沁みるのか、みずきは痛そうに顔をしかめる。というか、よく見ると傷だらけでとても薬草一つでは足りなそうである。
「薬草まだあるの?」
「いえ、これ1個だけです。マズかったですか?」
「いや、大丈夫」
1個しかない薬草を自分より遥かに軽傷のわたしに譲ろうとしたのか。この子……
頭大丈夫だろうか。
商人のくせにそんな損得勘定もできなくて大丈夫なのか。いや、魔物の攻撃を受けた際に頭を強く打ったのかもしれない。
「ちょっと、こっちおいで。ホイルかけてあげる」
「あ、ありがとうございます! ホイミですけど……」
わたしはみずきにホイミをかけた。みずきの頭へ重点的に。
すぐに目に見える外傷は無くなった。
「ありがとうございます。もう大丈夫です」
「そう? 頭も?」
「ん? 頭は怪我してないですよ」
んー、大丈夫だろうか……
「あの!」
みずきは唐突に、くるりと身体ごとこちらを向いた。
「その、わたし……ちゃんとおうかさんの役に立てるよう頑張ります。もっともっと強くなります!」
「あ、うん、頑張って」
ホイミには興奮作用でもあるのだろうか。
「で、これ、どうしましょう?」
みずきは、使いかけの薬草を摘んでひらひらさせる。
「お股に塗ったらお漏らしが治るんじゃなかろうか」
「治りませんよ! ていうか、初めからお漏らしなんてしませんから!」
みずきは拗ねてこちらへ背を向けて寝転がる。しばらくすると、寝息が聞こえてきた。
〇
翌朝、目を覚ますと、みずきはまだ寝ていたので、なんだか魔物を殺したい気分になったわたしは、眠気覚しがてら近場の魔物を狩りに出た。
出てくる魔物があまりにも弱いので、みずきから教えてもらった魔物名前を思い出すまで攻撃してはいけないという、自分ルールを作って遊んでいたら、結構名前を覚えられた。
「あー、お前、お前なんだっけ?えーっと……」
と、言っている間に向こうは攻撃してくる。
しかし、思考の妨げにもならないくらいの弱さである。
「あ、思い出した。おおありくいだ」
ズバン!
なんてことを夢中になってやっていたせいで、いつの間にか太陽が高く昇っていることに気づかなかった。野宿した場所に戻ると、「おうかさーん、ごめんなさーい、許してくださーい」と半泣きでみずきが叫んでいた。
「あ、おうかさん!うぅ……よかった、本当によかった。ごめんなさい、わたし何か怒らせることしたみたいで……気をつけますから、置き去りにしないで下さい」
何か置き去りにされたと思っているらしい。
「朝起きてムラムラと魔物を殺したい欲求が込み上げて来たから、狩りに行っていただけ。あるでしょ、そういうこと」
「無いです……でも、良かった。置いて行かれたわけじゃないんですね」
「まあ、それも考えたけどね」
「えぇ!」
「嘘だけどね」
「もう!」
我々は再びレーベに向けて出発した。今度は真っ直ぐレーベに向かった。なぜかというと、あまりにも魔物が弱く、それ故戦闘後の快感も無いに等しかったからである。
しかし、レベルの違いからか、みずきの方は全然気持ち良さそうで、わたしに気を遣って堪えてはいたが、明らかに何度かレベルアップという絶頂を迎えていた。
徐々に羨ましさが募ってきた。
「ちょっと、今レベル上がったでしょ?」
「え? そ、そそ、そんなことないですよ」
みずきの表情は隠しようもなく弛んでいる。
「みずきを倒したら経験値入るのかな?」
「嘘です、すいません。許してください。でも、露骨に素振りを見せたら、絶対おうかさん怒るじゃないですか」
「怒んないよ。むしろ気を遣われる方が辛い」
「本当かなぁ……」
みずきのレベルアップもあり、昨日よりサクサク進んだ。魔物もサクサク斬り刻んだ。ようやく、レーベの村が見えてきた。
ボカッ。
みずきの一撃で、スライムといっかくうさぎの群れが全滅した。
「あっ、やばっ、きちゃう……んっ、んん!」
みずきがレベルアップしているようだった。
「あ、だめ、き、気持ちいいっ!」
「先行くね」
わたしは瞬間移動呪文でレーベに飛んだ。
レーベはわたしの町よりもさらに人口が少ない。それなのに宿屋と武器屋と道具屋がある。完全に旅の人間を当て込んだ産業である。
はっきり言って正気の沙汰とは思えない。
近くに観光資源になるものもないのに、どうしてそんな選択をしたのか。まあ、わたしは助かるのでいいが。
そんなことを考えながら、のどかなレーベを眺めていると、
「おうかさーん! 待ってくださーい!」
と叫びながら、みずきが走ってきた。
「ひどいじゃないですか! 何で置いていくんですか!」
「いや、先行くって言ったじゃん」
「先行かないでくださいよ! ていうか、ルーラ使えたんですか? なんでわざわざ野宿なんかしたんですか? もう意味分かんないです」
みずきはぷりぷり怒っている。
「どうせ、私がレベル上がったのに腹が立ったんですよね。怒らないって言ったじゃないですか。ひどいですよ……」
みずきの声が段々涙ぐんできた。
「大体、私が1人で魔物に遭遇したら、どうするんですか。って、どうでもいいんですよね。私なんかどうせ弱いから、死んだらそれまでなんですよね……うぅ……」
被害妄想のスイッチが入り、みずきはボロボロと涙を流し始めた。
「そんなことは絶対ない」
「へ?」
「みずきがそんな危機に陥ったら、絶対に助けに行く」
「ほ、本当ですか?」
「うん、だってみずきがいなくなったら、わたしはどうやって経験値の高い魔物を探したらいいの? 歩くだけで経験値が入る靴はどやって探したらいいの?」
「あ、うん……そうですよねー」
みずきの声から感情が消えた。
「それに、わたしは楽しいよ」
「えっ!?」
再びみずきの声に感情がこもる。
「みずきをからかうの」
「もう、ばかっ!」
「とにかくごめん。今度からはみずきがレベルアップで絶頂してても一緒に瞬間移動するよにする」
「絶頂とか、そんないやらしい言い方しないでください。ていうか、レベルアップしながらルーラも、ちょっとくらい待ってくださいよ」
「時は金なり、って言うでしょ?」
「お金に興味持ったことないくせに!」
みずきは頬を膨らませていたが、その内、ぷっと吹き出した。
怒っていた反動か、発作的に笑いが続き、笑い止んだ時には軽く息切れしていた。怒ったり、泣いたり、笑ったりしていたため、レーベの人が何人か、情緒不安定な狂人でも見るようにみずきを見ていた。
「はあはあ。もういいですよ。今度からはルーラで置き去りにするのやめてくださいね」
「ルーラって何?」
「その瞬間移動呪文のことですよ!」
みずきの機嫌が直ったところで、我々は武器屋へ向かった。新しい装備が欲しかったのだ。わたしは、そろそろ、どうのつるぎに飽きていた。
「いらっしゃい」
店に入ると、店主の親父が元気よく声をかけてくる。
「武器、変えるんですか?」
「そうしよっかなって。飽きたし」
「これなんてどうです?」
みずきはショーケースの中の鎖鎌を指す。
見るからに鋭利な鎌に長い鎖が付いており、反対側には分銅がぶら下がっている。
「うん、いいかも。分銅とか思いっきりぶつけたら、それだけで内臓ぶちまけさせること出来そうだし」
「あ、あはは……そうですね……あと、おうかさん、防具は買わないんですか?」
「邪魔そうなんだよね」
「いやでも、確実にダメージを軽減できますよ。これから先、さすがにそのたびびとのふくじゃ、キツイと思います」
「そう? じゃあ、どうしよっかな……」
「かわのよろいとかどうです? かわのぼうしもセットで」
「じゃあ、考えるの面倒くさいからそれで」
「また、そんないい加減な」
「みずきの方が詳しいんだから、みずきが選んだ方が的確でしょ」
「ま、まあ、そう言っていただけると、私としては嬉しいですけど……」
「それじゃあ、おじさん、今言ったのください」
「毎度。くさりがまが320G、かわのよろいが150G、かわのぼうしが80Gになります」
「あ、えっと、わたし勇者なんで」
「へ? あぁ、そうですか……」
「早く武器と防具を」
「あ、いや、だから合計で550Gになります」
「ん? もしかして、勇者であるわたしからお金を取ろうとしてる?」
「お客さん、冗談キツイよ。そりゃ、戦士だろうと魔法使いだろうと遊び人だろうと賢者だろうと、等しくお金はいただきますよ。それが商売ってもんでしょ」
「おうかさん、やめてください」
「うるさい」
「痛っ」
みずきが必死で囁きながら、止めようとしてくるので、わたしはチョップを食らわせた。
「なるほど。それじゃあ、あなたはわたしが何のために旅をしているの知っていますか?」
「そりゃ、勇者っていうんですから、魔王討伐のためでしょうよ」
「その通りです。じゃあ、わたしの持ち合わせが無かった場合、あなたはどうします?」
「今はお引き取り願って、またお金を持参いただいて改めて来ていただきますな」
「うんうん。ということは、あなたはわたしの旅が円滑に進むこと阻むことによって間接的に、いや、もうほとんど直接的に魔王の味方をしてると言える」
「は?」
「魔王の手の者を何と言うか知ってますか?」
「いや、言っている意味が……」
「魔物って言うんだよ、この人の皮を被った魔物が!」
わたしはどうのつるぎを構え、ガラスのショーケースに飛び乗った。
「ひいぃっ!」
店主は腰をぬかし、尻を引きずるようにして壁まで後ずさった。
「そ、そそ、そんな無茶な理屈があるか! そんなこと言ったら、旅人がみんな勇者になったら俺たちは商売上がったりだ」
「時には商売よりも、金儲けよりも大切なことがある。それが分からない。お前のような魔物には。資本主義者という魔物には」
ドス。
わたしは刺した。
店主の顔、その右すれすれの壁を。
店主は泡を吹いて気絶していた。
「さ、必要なものをいただいて行こう」
「ちょ、なんてことをするんですか! これじゃあ、強盗ですよ」
「倒した魔物からアイテムを奪うのは強盗じゃない」
「魔物じゃないです、人間です」
「魔物だよ。資本主義というね」
「さっきから意味分かんないんですけど、何かの受け売りですか? とにかく、このまま商品を持って行くなんて絶対ダメです。同じ商人として見過ごせません」
「止めるのか、このわたしを」
言いながら、なんか魔王っぽい台詞だなと思って嫌な気分になった。
「と、止めますよ。おうかさんでも」
そうは言ったものの、みずきの足はすでにべらべらで、立っているのがやっとくらいの様子だった。
それを見て、ますます自分が魔王じみて思えた。これじゃ、まるでみずきの方が勇者である。心底嫌な気分になった。もう、なんでもいいからこの話を終わらせたくなった。
「だよねー。冗談、冗談。ていうか、テストだったの。この店の主人が命をかけて店を営業しているかのテスト」
「で、ですよねー。よかった。迫真の演技だったから騙されちゃいましたよ」
みずきは心の底からホッとしている感じだった。
「でも、お金が無いのは事実なんだよね」
「そんなの、私が持ってます! これは、おうかさんが倒した魔物から手に入れたものですから、遠慮なく使ってください」
みずきは巾着袋をレジ台の上に置いた。ドチャっという重そうな音がした。いつの間にわたしはこんなに稼いでいたのか。バラモスを殺すという目的が無ければ、魔物殺しで生計を立てているところだ。
「550Gっと。あと穴開けちゃった壁の修繕費は1Gくらいでいいよね」
「いや、さすがにそれじゃ直せないですよ……」
結局、700Gと書き置きを残してわたしたちは武器屋を後にした。
店主を起こすとまた言い訳が面倒なのでそのままにしておいた。今、盗賊が入ってきたら盗みたい放題である。しかし、所詮は魔王の見方をするような奴が経営している店なので、わたしには一片の同情もなかった。
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